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世にも絶妙な物語 第三話
2023年06月28日
さて、第二話にて御稲荷様の御旗が見える位置まで参りましたとお伝え申しましたが、些細な軋轢が大鳥居の御前にて御座いました事のお話しから第三話に入らせて頂こうと存じます。
それがしの暮らしておるこの辺りでは一番巨大な公共施設であるこの診療所の一番の玄関にあたります立派な大鳥居の手前にてそれがし、中央を避けて立ち止まり二礼。で。しばしここで身が固まってしまったので御座います。さらにここで二度手を打ちもう一礼。つまり「二礼二拍手一礼」と言うのが最近の流行りで、これがかなりイケている作法とは存じてはおりましたが蘭方医学とやらが盛んになっております昨今、今それをここでするのは当家の長女や嫡男、次男の世代のする事であるならば許されようものを、それがしがここでするのはどうにも気恥ずかしいと申しますか将に「良い歳をこいて」と申しましょうか。若さに必死でしがみついている頭の薄い50歳の典型的な見本がここに完璧に完成してしまうような気がしまして、結局二礼で止めて後は会釈だけをして鳥居を通過した次第で御座います。心の中で「当家に神々の御加護を念ずれば問題なかろう、神々は作法に関しては寛容であると聞いた事がある」と少々自身に言い聞かせたわけであります。さあさ次へ参りませう。
そんなこんなで大鳥居を通過して数間程進み右手を見ますとそこはお社の入り口になっておりまして、最奥のお社まで続く枯山水庭園の風情と朱や黄金色はたまた黒の稲荷大明神の御旗が煌びやかに、そして等間隔にいくつも設置されている朱塗りの鳥居の先にある奥の社にも錦の御旗が沢山並んでいるのが見えました。嗚呼、帝国武士として帝の世に生きる事が出来る事の素晴らしさよ。この美しさ。
その少しだけ手前に「受付発券所」と明示された大きな機械が鎮座しているのも見えました。ゆっくりと朱い鳥居をくぐりながら発券機に向かい正面に到達、鎮座とは言えもっと詳しく申しませば「二頭の狐の形をした大きな発券機」が設置して御座います。阿吽の二体で御座いまして右側の御狐様に健康保険証のQRコードを読み取らせるリーダーが蒼く光り、左側の御狐様がお咥えになられておられます紅く光っております宝玉に触れますと台座あたりより発券されるだろうその機械の存在を目してその辺りから「ああ、あの機械」と理解が追いつき少々安心感を得ることが出来た次第で御座います。
「コン、コン、六百十九番で御座います。正面にて今しばらくお待ち下さい。コン、コン、六百十九番で御座います。正面にて今しばらくお待ち下さい。コン、コン、六百十九番で御座います…」
台座の下部中央から「六一九」と書いた木札がカランと乾いた音を立てて受皿に落ちました。それを手に取り、右側の御狐様に翳した健康保険証を袂にしまい、振り返るとそこには四間程の和風の長椅子が四列程並んでおり人の気配は御座いませんでした。「確かこの長椅子に座り待っていれば係の者が来るはず。とにかく長椅子に座っておくとしよう」そう思い長椅子の方に一歩踏み出した瞬間で御座います。
「この世ならぬ殺気」
そう、この世ならぬそれには、それがしが反射的に抜くのには充分過ぎる程の禍々しさを有していたように思います。それがし「抜け」と言われ抜いた事は若かりし頃には度々御座いますが、今回の如き殺気に対して抜いた経験は過去には数える程しか御座いませんでした。これはつまりは世にも絶妙な物語がもう始まっていると言ふ事だともこの時それがしには知る由もなかったと言う事でございます。
第四話に続く